ええ。小心者ですから・・・。

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悠遠夜話・番外編


悠遠夜話・番外編~西園寺さんの初恋~その4

2010.06.05  *Edit 
▽TB[0]▽CO[0]

「!!あぁ・・!!どうかお止めください!!」
老女のか細い悲鳴は 蹴られて落ちた土壁の
もうもうとした土煙りの中に 紛れてしまった

「うるっせー 婆ぁ!!死にたくなけりゃ すっ込んでろっ」
ひゃひゃひゃと 甲高い下卑た笑いが響き渡り 
枯れ枝の様な老女の身体が軽々と突き飛ばされた

木と土壁で出来た 簡素な造りの家屋は酷く脆く 屈強な男たちが
三人がかりで 蹴ったり揺すったりすれば簡単に崩れ落ちてしまった
埃の中 泥だらけですすり泣く老女の事などお構いなしに 男たちは
家屋を目茶目茶にする事に夢中になっていたようだ
 
「止めろ!!お前たち!!」
ぜいぜいと息を切らしながらも 啓太はたじろぐことなく
見るからにガラの悪い男たちに真正面に対峙して叫んだ

「あぁん??」
袷を大きくはだけて だらしなく着物を着崩した男たちが
一斉に 大声を張り上げて自分たちの行為に 制止をかける若者を睨め付け
威嚇するように巨躯を揺らしながら 馬鹿にして鼻先で笑うと

「なんだ~??小僧。カッコつけんじゃねえぞう??」
無精ひげを一撫ですると にやにやしながらずいっと啓太の前に歩み出た

啓太は地べたに崩れ落ちていた老女を支えて立たせ 
背の後ろに庇ってここから去る様に目配せして 
それからすぐに男たちへ精いっぱいの強い視線をもどしてから
そのにらみを外さないまま言い切った。

「さっさと此処から出て行け!!」
「ンだと??コラー??」

啓太の言葉にいきり立った 男の一人が啓太の胸倉を掴んで力任せに
その細い体を締め上げる
巨漢につり上げられるようにして その体はつま先が地面から離れ
自然 自重で首が締め付けられる格好になる
 
「で・・出ていけ・・」

苦しくて 今にもせき込みそうになりながらも途切れ途切れの主張を
目線を逸らすことなく 断固繰り返し続ける

「へええ。がんばるねえ??」
兄ちゃんよ~と 尚もつり下げられたままの啓太は苦しそうに
じたばたと足を動かすも 太い腕に拘束されたままの身体はびくともしない
酷く呼吸が苦しくて もがけばもがくほど手足の先が痺れてきて
もしかしたら 軽はずみな行動だったかもしれないと
力の段々入らなくなってきた指先を感じると 今更ながらに後悔した

「―――っ痛えっ」

男の叫び声と一緒に 啓太の体は 唐突に宙で解放された
地面にしこたま尻を打ちつけたが やっと呼吸が楽に出来るようになって
げほげほと咳き込みながら 夢中になって息をした

「疾く 去るがいい 下衆ども」

はっとして振り返ってみれば そこには逆光もまぶしく 
太陽を背にした 西園寺が風に揺れる髪をなびかせて雄々しく立っていた。

「な・・西園寺さ・・ん」
「大丈夫か?啓太・・」

そっと肩を支えて 咳き込んだせいで顔を真っ赤にしている啓太に
西園寺が気遣わしげに声をかけた

「なんだあ?エラク威勢のイイねーちゃんじゃねえか??」

ならず者たちの興味は一瞬で西園寺に向いたらしく 
瞬く間に二人を取り囲み 獲物を前にした野犬のように
舌なめずりをしながら じりじりとその距離を狭めてくる

「姉ちゃん そんな奴ほっといて 俺たちと遊ぼうぜえ」

びきびき・・と
西園寺の額に音を立てて青筋が浮かぶ

また この手の話か・・キリがない 

ちっと一つ舌打ちをしてから 見るからに低俗そうな輩の
言葉は無視をする事に決めたようだ

「・・・生憎、私は暇ではない。それに私は選ぶ権利を放棄した覚えは無い」
「んだとォォ」

唾を飛ばして がなりたてる男たちは雄牛の様に 
足で砂を蹴散らして 今にも西園寺達に飛びかかって来そうだ

西園寺の背中に匿われている啓太は ひりつく喉をさすりながら
やっと納まって来た呼吸を整えて さっきから ならず者たちを煽るだけ煽る 
このどう見ても屈強とは言い難い細身の麗人に 恐る恐る小声で問うた

≪さ・・西園寺さん・・つかぬ事をお伺いいたしますが・・
                体術の・・心得とかあるんですか?≫

もしかすると お金持ちのおうちで育ったから
護身術とか習っていて 見た目によらずめちゃくちゃに強いのかもしれない・・・
と言う啓太の淡い期待は西園寺の一言で夢まぼろしに終わった

≪いや?≫
当然のように返された短い答えに 啓太は顔面を蒼白にした

≪えええええ??強いんじゃないんですか??≫

≪腕はからきしだ。私は知略専門だからな。

それに今は術が使えんから期待されても困る。≫

知略?術?え?え?何の事??
腕はからきしって・・・えええええ???
それにしても胸をはって自信満々に 困るなんて言わないでほしい
一体どうするつもりだったんだこの人は??

≪じゃ・・なんで俺の事 助けに来たんですか?巻き込まれますよ??≫
≪ん?ああ・・腹が立ったからな。気が付いたら石の礫を放っていた≫
・・ふむ・・・術が使えないのをうっかり忘れていたな・・とぼそぼそと言っているが 
啓太には 西園寺が何を意図して言っているのかが皆目判らない

もしかすると恐怖の為か 精神が錯乱してしまっているのかもしれないと言う
天空の守護 四神将のうちの一人 朱雀の正統後継者である西園寺が
耳にしたなら烈火のごとく怒りだしそうな 
全くもって可哀想な考えに行きついたようだ

助けに来た舟が どうやら泥で出来た船だったようだから
此処はもう自分で何とかするしか無くなった啓太は
何やら決心を固めて真一文字に口を結び 一つ頷くと
西園寺の顔を衣ごとグイッと引き寄せて 尚も小声で訴える 

≪んもおおお。イイですか?隙を見て逃げますよ?≫

≪何??敵を前にして逃亡か?ありえん≫

≪あり得なくても良いんです!!逃げるが勝ちって言うでしょ??≫

≪・・・・。≫

≪西園寺さん!!!≫

≪ふむ・・あまり好かん言葉だが・・まあ・・仕方あるまい≫

眉根を寄せて 甚だ遺憾です的な顔をしている西園寺を
まるっきり無視して 啓太はその手をぐいとひっぱり
ならず者たちの 巨躯の間に出来た僅かな隙を付いて
身を捻りながら むさ苦しい包囲網から抜け出る事に成功した 

「おお??こら!待ちやがれぇええええ」
 
地響きをさせて 後ろから口汚く罵声を吐きながら
男たちが二人を追い掛けてくる

小路を曲がり 
塀伝いに狭い道を通ってから
頭の上に気を付けて 低い屋根の長屋の道を擦りぬける

進めば進むほど複雑な迷路の様になっている この街並みが二人を守ってくれたし
先ほどの騒ぎを聞きつけた 情報伝達力に長けている長屋の住人たちが 
追いかけてくる男たちにそれとは気づかす事無く 
上手く二人を助けてくれた

啓太の手に引かれながら 初めて自力で風を切る西園寺は
もう夢中で ただ足を動かした


「け・・・けい・・・た・・・ちょ・・・ちょっと・・・待て」

後ろを振り返り もう完全にならず者たちを巻いてしまった事を
確認すると 啓太は走る速度をようやく落としてから西園寺をみた

啓太にグイグイと手を引かれて 右へ左へ長屋を駆け抜けて来た美しい人は
すでに息が完全に上がっているようだった
啓太と違い 髪は乱れ、頬は上気し玉の様な汗がふつふつと額ににじみ出て来て
痛々しい事この上ない

「・・・。あ~・・はは・・・少し休んだ方が良さそうですね・・・・」

丁度目の前に流れている河が 涼しい風を運んでくれたから
一休みしようと決めて 二人して背の高い草をかきわけながら河原に下り立った

さらさらと流れる河の心地いい風が 二人の上気した頬を撫でていく


「・・・西園寺さん。体力無さ過ぎです。」

ぼそり・・と半目になった啓太が西園寺をみやり率直な感想を述べた

「・・・な/////////////!!」

言われてひどく腹が立つのは それが間違いでは無いから・・・。
心当たりがありまくりの西園寺は 山より高いその矜持を袈裟がけにばっさりと
切り捨てられて 放心してしまった

今までもそれとはなしに、やんわりと長年共にいる家令などには指摘されていたが
こうも核心をずばりと指摘し 尚且つえぐりだされたのは 
西園寺にとっては初めての経験だった

皆 名門、朱雀の名に媚びへつらい ご機嫌を取って自分の保身を図るのに躍起だ
おそらく本当は誰もがそう思ってはいても 
近い将来 朱雀の頂点へ立つ者に面と向かって 口に出すのも憚られる 
事実を伝えるバカはいない
善人面して近寄ってくる者たちの 腹に抱える一物まで見抜かなければ
やがて奸計に陥れられる事になる

悔しいが自分の父である長には
経験の差が歴然としていて  まだまだ遠く及ばないのが現状だ 
まさか人間界でこんな事に気づかせられるなんて 思いもよらなかった
 
自分の何気ない言葉にぴたりと動かなくなってしまった 
汗だくになって尚 美しい目の前の青年に
何か不味い事を言ちゃったかな・・・と反省しながら

「でも!ほら!俺が引っ張ったから 逃げ切れたでしょ?」

終わりよければ全てよしですよね~??とおどけて啓太が言った時 
初めて二人は自分たちが まだ手をきつく繋いだままだった事に気が付いた

「――――!!すまん」
「――――!!すみません」

謝りながら振り切る様にして お互いに手を離す

さっきまで落ち着いていた筈の二人の動悸が また何故だか 
同時に急に忙しなく脈打ち始めてきた

「・・お・お俺、水浴びしてきますね??」

お互いそっぽを向いたままの沈黙に耐えきれなくなった啓太が 
走って ざぶざぶと河に入って行ってしまった

「あ?ああ・・待ってる」

西園寺は 先ほどまで啓太に掴まれていた方の手を
ぐい と握りしめて胸元に寄せると 水浴びをする啓太を見ないまま
河原の柔らかい草の上にそっと腰を下ろした

また・・だ・・・
なんだ?この胸の痛みは

此処は河原で空気も水も清浄だったから 自然界から気を取り込んでいる
西園寺にとっては大変ありがたい場所だった  
清浄な気のお陰で 体内の気の流れも精神の均衡も保たれる筈だったのに
さっきから乱れてしまっている 動悸が一向に収まらない。

やはり 人間界に滞在し続ける事自体 この身体には害になるのだろうか
いずれ仙界に帰ってしまったなら 啓太にはもう会いに来れ無くなるのだろうか

―――啓太に会えない??

そう考えるだけで またぎゅっと西園寺の胸が軋んだ

「西園寺さんもどうです?水浴び」

ぽたぽたと水滴が目の前に落ちて来て 啓太が河原へ戻って来た事を知る
そうして目線を上げた西園寺は 盛大に引きつらせた顔で
座ったまま後ろへずざざ―――!!と後ずさった

「け!!啓太!おまえその恰好はなんだ???」

「へ?」

何か不都合でも??といった顔をした啓太が不思議そうに西園寺を見つめる

幾粒もの水の滴りが 濡れて艶めく茶色の髪からその細い首筋へと流れ 
白い鎖骨を滑らかに通ってから しなやかな腰のくびれへと次々降りていく
今まさに そこには上半身を衣から全てはだけさせ
陽の光に素肌をさらしたままの啓太が立っていた

どうやら濡れてしまった衣を脱いで 
近くの大木へ絞った着衣を干そうとしているらしい 
辛うじて 下半身はまだ衣に隠れて陽の下に晒されてはいなかったが
大きく捲り上げられた裾から覗く 伸びやかな両足が眩しかった

「・・っは・・はしたないぞ!!啓太」

西園寺は人前で肌をさらす 啓太に心底、仰天していた
河で水浴びなどした事は無かったし その事に考え及ぶ事も無かった
肌を晒すのは屋敷の居室か あるいは風呂でしかない行為だったし
いくら御曹司といえども 幼児ではないのだから使用人たちに
着替えや入浴の手伝いはさせた事が無かった

「はしたないって・・・柄じゃないですよ~」

へへっ・・と呑気に啓太が笑う
いけないと思いつつ 先ほど不可抗力で眼にしてしまった
啓太の眩しい透ける様な肌がちらついて 西園寺の喉が
知らず ごくり。となった

「西園寺さんってば聞いているんですか?」

思いのほかすぐそばに啓太の声を聞き 西園寺は大慌てで両手を交差させ
自分のすぐ近くにある裸体を視野から遮り 真っ赤に上気した顔を逸らした
眼の端に おそらくは下着しか身につけていない啓太の素足が映り込む

「そ・・側によるな!!」

あーすみません。濡れちゃいますね??と勘違いをしたまま少し離れて 
啓太は半裸のまま自分のすぐ近くの草の上へ寝転んだ様だと
かさかさとなる草の音で西園寺にはそう判断できた

「ふは~気持ち良い~」

風が啓太の髪をふわふわと乾かして 真っ青な空に残った
ほんの少しの白い雲の形を 優しく変えながら運んで行く
ゆっくりと動く雲をぼけっと見送っていたら
顔の真上に突然衣が降ってきて 空が見えなくなってしまった

「!!わっぷ!!」

モゴモゴともがいて 顔を出して見ればそれは
横に座っている西園寺が自分が身にまとっている
上掛けを一枚投げてよこした物だと言う事が判った

「風邪を・・ひくぞ・・・」

西園寺は何故だかひどく怒ったように そっぽを向いたままぼそりと言った

「・・・ありがとうございます。」
わ!!何だかいい匂いがします!!
とくんくんと衣に鼻先をくっつけて嗅ぎまわる啓太に 
真っ赤になって取り乱した西園寺は 

「馬鹿もの!!臭いなんか嗅ぐな!!剥ぎ取るぞ!!」

と啓太に覆いかぶさる様にして さっき投げてやった衣に手を掛けて引っ張り始めた

「へへ。ごめんなさ~い。」

もう、しませんとぺろっと出された舌の その赤色に西園寺の目が釘付けにされる

どくり・・・

西園寺の身体の奥の方で何かが脈打つ

・・・啓太。

啓太の真上に陣取ったままの西園寺は 僅かに震える手をそっと伸ばし 
寝転ぶ啓太の柔らかい茶色の髪に差し込み 撫で梳いた

ゆるゆると手が行き来するのを気持ちよさそうに 
啓太は 仔猫のように眼を閉じて西園寺にされるままになっていた

・・・啓太・・

啓太は眼を閉じたまま言葉を紡ぐから 
その緑色の瞳がゆらりと揺れてから 少しだけ沈んだ様子に気づけないままだった 

「俺、学問がやりたいんです・・・」

「学問?」

はい・・・と髪を梳かれたまま静かに頷いた啓太は 
西園寺の衣に包まり ぽつぽつと身の上を語りだした

幼いころに両親に先立たれた事
長屋のみんなに助けられて 育てられた事
貧しいけれど みんないつでも助けあって生きて来た事

「だから俺、少しでもみんなの役に立ちたいんです。その為に学問をして
いつか必ずきっと 病気に強い稲や麦、一度に沢山の実を付ける
果実をつくりたいなって・・・みんながいつでもお腹一杯食べられるように
・・・そう思っているんです。」

そう言って ようやく閉じていた目をゆっくりと開いた啓太は
西園寺の顔が鼻先に触れるほど 近くにある事に酷く驚いて小さく悲鳴を上げた

「わ!!・・西園寺・・さ・・・」

「なんだ?」

「えと・・あの・・・顔・・近過ぎ・・・」

湯だったように真っ赤になって目の前にある 緑の宝玉の様な瞳を見上げて抗議する
そうか?と言って口端だけ少し上げて笑う西園寺の顔は壮絶に美しい
どうにも真正面に見上げていられなくなって 顔を逸らそうとした啓太の顎に 
しなやかな指がシッカリとかけられて固定されてしまった

「な・・なにしてるんですか?」

「ん?お前の顔を見ている。」

「・・恥ず・・かしいで・・す」

「好きにさせろ・・うるさいな・・・」

ゆっくりと顎から移動して来た指は 啓太のまろやかな頬をたどり
大きな瞳の上を何度もなぞる様にして通り過ぎる 
鼻も 耳も 柔らかなその唇も 
ゆっくり。ゆっくり。

まるで啓太の顔の造形を記憶に刻む様に その長くて美しい指を
心行くまで啓太の顔に優しく縁取らせた西園寺の瞳が
何故だかとても悲しげだったから 啓太は何も言う事が出来なかった

「啓太ならきっと出来る。」

そう唐突に言った西園寺は にこりと笑っていた

「え?」

悲しそうに見えたのは 自分の気のせいだったのだろうか?

「お前なら出来る。」

自信に満ち溢れる西園寺が力強く断言すれば 
何故だか不思議と本当になりそうな気がして 啓太はとても嬉しくなってしまう

「あ!!ありがとうございます!!」

そう大きな声で礼を言った啓太の瞳は 
今 自分たちの頭の上にある本物の空より ずっとずっと青く澄み渡っていた





朝もやが白く濃く立ちこめて 森の木々や草花に露を優しく落とす
未だ朝日が届かない 薄暗い道をさして苦も無くその影は進む
砂利道を歩いていると言うのに 只の一つの足音もせずに
近づいてくるその気配を 西園寺は確かに感じ取っていた

ゆっくりと静かに 隣ですやすやと寝息を立てて眠る若者を起こさないよう 
細心の注意を払って上体を起こした

「ご苦労だった」

建付けが悪く ギシギシと軋みを立てて開け閉めされていた
その家屋の玄関の戸口が音も無く横に移動すると
眼も口も真っ白いモコモコの毛に覆われた 小柄な老人が姿を現した

「・・・若 お探しいたしました・・・。」

「ああ。すまん手間を取らせたな」

「?!」

もはや地面に付くほどの長さの口髭をピクリとさせて 滅多なことでは
労いの言葉など口にしない筈の年若い主を物珍しそうに凝視した

「なんだ?」

「いえ」

するりと その身を寝具から抜けさせると そっと顔を覗きこんでから
その健やかな寝息が乱れていない事に ほっと安堵のため息を漏らす

「・・・啓太」

小さく呟きを一つ落とし 触れようとして伸ばされた指先は 
宙を彷徨ったまま啓太の肌にたどり着く事は無く そっと握り込んで戻された

「さい・・おんじ・・さん?」

不意に長いまつ毛がふるり と揺れて
ゆっくりと空色が開かれて 名前が呼ばれた

「??どしたん・・れすかぁ・・」

未だ夢の境を彷徨っているのか 随分と舌ったらずの問いかけに
西園寺の口元がかすかに緩んだ

「啓太・・・世話になったな・・家の者が迎えに来たのだ。」

「え?そう・・なんですか?」

「ああ。だから私は帰る。世話になったな」

「・・・」

「啓太?」

何も言わなくなってしまった啓太を西園寺は覗きこんですぐ はっと息を詰めた 

「えと・・あの・・・どうかお元気で!!」

そこには太陽のように朗らかに にっこりとほほ笑んで顔を上げた啓太が居た

「・・・・・・・ああ。お前もな」

そう言うと西園寺は見送りは必要ないと 後ろ手に片方の手をそっと上げて 
もう啓太の顔を見る事無く 戸口をくぐり家から出て行ってしまった

西園寺が家の者だと言っていた 大層年を取った小柄な老人が 
啓太に向かって深々と頭を下げ 主の後に続いてするすると静かに戸口が閉められた

さい・・おんじさん・・が・・いっちゃう・・・・・・・??

「西園寺さん!!」

裸足のまま飛び出し 力任せにガタガタと急いで戸を開けた啓太は 
つい今しがた出て行ったばかりの 二人の姿を探したが 
眼に映るのは ようやく霧も晴れ 
朝の光が差し込み始めた長屋のいつもと変わらない風景だけだった

「・・西・・園寺さん・・・・・」

そう小さく呟いて 啓太は崩れる様に座り込んでしまった



あ~ぁ・・・西園寺さん行ってしまいました・・・。良いのかな?
このまま別れちゃっても・・・。


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