ええ。小心者ですから・・・。

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悠遠夜話・番外編


悠遠夜話・番外編~和希さんの場合~五乃巻

2010.09.09  *Edit 
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「・・・・いし・・・・づか・・・・」

とさり・・・

静かに和希の膝から微かにカビ臭い 
もう所々端々が解れ すっかりと変色している古びた書物が 
ゆっくりと滑り落ちた

淡い月光の中 
書物を繰ったままの形の指が震え 辛うじて呼ばれた忠臣の名は
掠れて正確には聞き取れなかったが、月の光が届かない柱の陰から
滲むようにして現れたその男は迷うことなく現れて 
若き主のすぐ後ろへ恭しげに跪いたのだった

「はい。和希様」

「・・・今から・・・後宮へ行く」

「御意」

主が去った部屋の中では 青白く光る月光が落ちる床に 
打ち捨てられたままの書物が いたずらな風により
さらさらと止まる事無く繰られ続けていた



どこだ?どこに居る?啓太!!―――――



後宮の奥
啓太の為に設えられたであろう大きな部屋に 何故だか部屋の主は見当たらなかった
必要以上に華美で豪奢な部屋には 大層不釣り合いな簡素過ぎるほどの木綿の寝具が 
綺麗に畳まれた状態で積んであり 大きな宝物箱に溢れんばかりの金銀の装飾品も 
何度も丁寧に調合を重なられた香も 煌びやかで見目麗しい衣装さえも 
恐らくは天帝より賜ったそのままの状態で 静かに月光を浴びて佇んでいた


――――――――――啓太!!
頼む・・・頼むから・・間に合ってくれ!!



啓太は癒しの手を持つ一族の者だった。

その一族は仙界の最奥
何重にも高度な結界を張られた聖域に住まう一族であり 
長い間 秘して黙されていた 「天帝ただ一人の為だけに存在する」一族であったのだ

仙人の怪我や病気等は 大抵癒しの力をもってして治癒をしそれで完了する
ただ例外なのは もともとそれが定められた寿命であったり 
己の命の泉を枯らしてしまってからの治癒は困難だと言う事だった
それは仙人全体において曲げてはならない当然の摂理であり 
決して天帝もその例外ではなかった筈だった

あの時までは―――――――。

幾代も前の仙界は常に戦火の下 同族同士 一触即発の愚かな状態にあり 
天帝の地位を巡って 骨肉の争いを繰り返していた時代があった
  
啓太の先祖であるその一族は 仙人界の中でも優秀な癒しの手を持つ一族で
強力な能力を有する者が多く生まれ 戦火の中彼らは 
度重なる戦に疲弊しながらも 傷ついた仙人達を敵味方分け隔てなく保護し 
持てる力全てを持ってして 多く癒しの施しをしていったのだった

そしてその一族に 何百年かに一度生まれる特別な子供は 
植物の様に急速に成長を遂げ その爆発的な力を持ってして己が命を 
相手の命の泉へと分け与え 延命する事が出来るという特殊な能力を持っていた
 
必然 その事は村の中で完全に極秘にされ 外に漏れる事が無い様に
「選ばれた子」は大切に大切に守られていたのだ

曲げてはならない摂理を覆してしまうその力を 決して悪用される事のないよう
静かに確実にその約束は一族で受け継がれて行くはずだった


やがて時の支配者である天帝が この特別な能力を持つ一族に眼をつける事になる
自身の保身のため 己が御世の隆盛を極めんがため只それだけの理由で
元は自然の中でひっそりと生きる自由な民達を村ごと
山奥の天帝領へ召し上げてしまったのだ

天帝直属 とは名ばかりの囚われの一族
何重もの強力な結界で縛り付け 一人として禁を破れば一族皆殺しの命の下
一切の情報は断たれ 仙界から隔離され 
その聖域から一歩たりとも 一人たりとも出る事は許されなかった

時の天帝たった一人の欲の為に  仙界の住人からも忘れ去られ 
長い長い年月仙界の歴史からも その一族の事は故意に抹消されていく

気の遠くなる様な悠久の年月 その一族はその戒めを解かれる事無く
代々の天帝に秘密裏に受け継がれここまで来たのだ

時は移ろい 今の仙界は泰平であるといっても過言ではなかった
そうして和希の父である今上天帝は
跡目を早々に決め高齢とは言え 至って壮健であった
代々の天帝に受け継がれる古書の内 あの一冊を目にするまでは
独裁的ではあったが 統治の手腕に長け人心を強力に掌握する事に
掛けては秀でた賢君の一人として
歴史書にその名を刻む筈であるにたる人物であったのだ 


山奥に閉じ込められた一族は 今まさに
類稀なる能力を持って生まれた子供を一人差し出さねばならなかった
今上天帝の穢れた欲の為
命の泉を 今少しばかり豊かに溢れる様にしたい
寿命を延ばしたい
ただそれだけの為に・・・
 
天空の宮の奥の奥
天帝しか入る事の許されない書物庫のなか
一体どうやって手に入れたのか 皇太子の忠実なる僕である石塚は
闇の中から現れて 啓太の一族が辿った歴史を唯一記録した
カビ臭いその古文書を主である和希に差し出したのだった。



青く淡い月光に照らされて 
濃紺の夜空に 小高い丘も長い草も全てが影絵のように黒一色で浮かび上がっている

風をはらんだ草がざわざわと大きく揺れて 和希の足に五月蠅く纏わりつき
さっきからとうに上がり切っている息を更に苦しくさせていた

後宮中を探し回ったがどこにも啓太の気配は感じられる事は無かった
後はもう 一体どこを探せばいいのか・・・と途方に暮れていた頃

あの丘の上 
きっと啓太はそこに居る

なんの確証もなかったけれど 一縷の望みを託して丘を駆けあがった
そうして 古ぼけた大木がぼんやりと金色に光っている事に和希は気が付いたのだった

あのガサガサとして水分を一切含んでいなさそうだった 木の幹は
いつの間にかすっかりと瑞々しさを取り戻し 脈打つようにして力強く根を張っている
見上げれば何本もの屈強な蔦が 天空へと向かい互いにきつく互いを結い上げる様にして
大きく弧を描き 地面に付きそうな程長くしなった枝を支えているのだ

それはまるで鳥が大きく羽を広げた様な形をしていて
枝の先には所狭しと 大きく豊かな黄金色の藤の花房が風にゆらゆらと揺られていた


「啓太!!!!」

和希の悲鳴に似た声が上がった

古木の根元にひな鳥の様にうずくまる様にして 小さくなっている啓太の元へ
和希はつんのめる様にして駆け寄った

「か・・・ずき・・?・」

視点の合わない曇った空色の瞳が二三度瞬きを繰り返す 
幾度か声のする方向へ彷徨った後 ようやく和希を捉えたようで
啓太の色を失った震える手がやっと伸ばされて 駆け寄った和希の大きな手に
包まれると微かにだが そっと笑ってみせた

「啓太!!しっかりしろ!!今 治癒を!!!」

和希はしっかりと啓太を胸に抱きしめたまま 
自分の持てる全てを注ぎ込む為に啓太に治癒を施した

だが
力を注いでも注いでも 砂に水が吸い取られる様にして
それはどんどんと啓太の身体の中へ確実に消えては行くが 
おかしなことに啓太の顔には全く血色が戻っては来ないのだ

「くそ!!何故だ??何故治らない???」

いつしか和希の額に沸々と脂汗がにじみ つぎつぎと頬を伝い滴りおちて行く
ぎりり・・ときつく歯咬みをしてかざしたその掌は 焦燥感で震え始めていた 

―――――――自分の能力には絶対の自信がある
どんな傷も どんな病気だって治癒する事が可能なはずだった
啓太を見つけさえすれば なんの問題も無く全てが解決すると思っていたのに―――――

「・・・・和希・・・・・」

「―――――っ啓太!!」

和希の腕の中に力無くくったりと納まっていた啓太が 静かに閉じていた瞳を開けて
胸元に身体を任せたまま そっとその指先を天空に向けて行く

「・・・ねえ・・和希・・綺麗だね・・・」

弾ける様にして和希も 啓太が促した指さす方を見上げると
頭上には金色の藤の花房が 二人を包む様に夜風にゆうらゆうらと揺れていたのだ

「この子・・・俺の為に・・・咲いてくれたんだ・・・」

ああ・・・・綺麗だな・・・・
そう言ってようやく澄んだ青色の目を細めた啓太は ここではない何処か
ずっと遠くを見ているようだった




霞みの様にけぶる 沢山の藤の花

紅、藍、純白に紫・・・・そして輝く黄金色
目に見える全ての眺めは藤の花房 


又・・夢を見ているのだろうか
何だか身体が酷く重くって 疲れていて何もする気が起こらない
天帝様のお勤めの時間までには 未だ時間があったはずだから
もう少しだけ このまま眠っていても良いだろうか

ああ・・一体あと何回 自分は目覚めて 
頬を撫でる風を感じる事が出来るんだろう



物心ついた時からずっと 見渡す景色は藤の花
外の世界は知らない
決して外へは出てはならないのが 一族の掟だったから
掟を破れば一族皆殺しの罰がある
どうしてそんな事になったのか いつまでそうしていなければならないのか
幼かった自分には判る筈もなかったけれど
大人達の悲しく 沈んだ目を見てしまえば聞く事も憚られた
この閉ざされた村に 皆 息を殺すようにしてひっそりと静かに生きて来た

でも自分はこの景色が大好きだった
優しい両親と村のみんな 静かで美しい生まれ故郷
例えそれが一族を捉えて離さない 呪われた花籠の呪縛だったとしても



自分が「選ばれた子」として 外の世界へ出られるのだと知ったあの日
幼かった自分は外の世界への好奇心でいっぱいだった

ほんの少し、癒しの力を貸してほしい・・そう言われて使者に連れだされた
大切なお勤めが終わったなら 家族の元に帰してもらえると信じて疑わなかった自分は
旅立ちの日、父母が自分を硬く抱きしめて泣き崩れている事を酷く不思議に思ったものだ
一族は知っていたのだ
これは まさしく啓太の死出の旅であることを

煌びやかな宮殿で 自分を満面の笑顔で迎えてくれた天帝陛下は
大変な宿痾しゅくあを患って困っていると聞いてやって来たのだが
啓太の見る限り 高齢だが至って壮健の様子に見えた

病巣を見つける為 探り手をかざして見ても悪い所は一向に見つからない 
だが天帝陛下は構わず 癒しの術を施せと言う
仕方なくではあったが 毎晩少しづつ自分に与えられた後宮の部屋で
啓太には高度で難解な結界が張られた床の上で 癒しの手をかざし続けたのだった

やがて幾日か経ち 啓太は自分の身体にどくどくと滾る力を感じ始め
その変化を見た天帝陛下は 伝説はまさしく本当だったのだと狂喜乱舞したのだ


自分の身体が急速に成長してくる 
時を一足飛びに越えて 手や足が伸びて行く
それに伴って 体の内側に爆発的なまでの力が湧いてくるのだ

だんだんと怖くなって家に帰りたいと訴えてみたが 自分の行動と
一族の全ての命が天秤にかけられていると知ると
それからはもう何も言えなくなってしまった。

今上天帝は際限なく ただひたすら啓太の癒しを望み続けた
あともう少しで 啓太の命の泉が枯れ尽きようとしているのにも全く関心がない
日々自分の中の力が増幅されて行く事にのみ執心の様子で
力を放出し続け 蒼白になった額に脂汗を滴らせる啓太を見ても
振りかえる事も無く無言で部屋を後にした

道具の様にうち捨てられて 途切れ途切れになる意識の中 
天帝の背中を見送りながら 暗闇の中 啓太はぼんやり考える

風に揺れる 美しい一面の藤の花
貧しいけれど 温かい村の皆
優しい優しい 父さんと母さん

あの村が、両親が 又静かに暮らしていけるのなら
この自分一人の命で救えるのならば
それも 良いのかもしれない
皆が生きてさえいてくれれば それで充分だ
 


お勤めの後は目が霞み 手足に力が充分に入らない
やがてすぐそこに迫る死期を悟った時 どうしても行きたい場所があった

外の世界で初めて会った 優しい優しいあの人が居る場所へ

毎日通い詰めた所で 会えるのは本当に稀だったけれど
あの人と一緒に過ごす穏やかで静かな時間が大好きだった
急速に成長する自分を 素性を明かさない自分を 
何も言わずにただ微笑んで優しく受け入れてくれた 海色の瞳を持つあの人
初めて知った 切なくて甘いこの気持ち

・・・啓太!・・

そうだ。
あの人は自分の事を優しくそう呼んでくれた
ただの道具ではなく いつだって自分一人を真っ直ぐに見てくれたのだ

・・啓太!啓太!!・・

字の読めない自分に 沢山本を読んでくれた
世界で起こる 色々な話を聞かせてくれた
いつだってあの人は優しくほほ笑んで 自分の事を包んでくれた

・・・和希・・・・

そうだ・・和希の所に行かなくちゃ・・・
手も足も震えて もう力が入らないけれど 
頑張ってあの丘の上に 行かなくちゃ・・・

夜が明けて朝になったなら 又会えるかもしれないから
あの木の根元に座って待っていよう
あの日 抱きしめられて振り払ってしまった腕の中に
今度は自分から飛び込んで あの人にこの気持ちを伝えよう
自分に残された時間はあともう少しなのだから



「・・・か・・ずき・・・」

ようやく彷徨っていた意識が戻ったのか 啓太は和希の腕の中で
その明るい髪にゆっくりと焦点を合わせて幸せそうに微笑んだ

良かった・・・今日来てくれたんだ・・・・

ああ・・・でも・・どうしたんだろう・・
せっかく会いたくて会いたくて仕方無かった 優しいあの人が何故だか泣いている

「・・・和希・・・ど・・して泣いてるの?」

啓太のかさかさに乾いた小さな唇に 
・・・・ぽつり・・・ぽつり・・
と和希の頬を大粒の涙が 伝って流れ落ちて行く

「・・・かず・・き・・何か・・いやな事・・あった・・・の?」

さっきから溢れてくる啓太の思考で和希は気が狂いそうだった

啓太の一族を永遠の不幸に陥れたのは 自分の一族
啓太を破滅に追い込んだのは 自分の父親である天帝
この身体にどくどくと流れるのは 欲に塗れた汚らわしい呪われた血だ

自分があの男の息子なんだと知ったなら 啓太は一体どんな目で自分を見るんだろう
そう考えれば 臓腑がえぐりだされるようだった


だがしかしそんな事よりも 今 どれだけ癒しの力をこの細い体に注ぎ込んでも
この腕に抱く啓太の生命の滾りは 小さく小さくなって行く 
命の泉の水面の波紋は もうすぐに尽きてしまいそうで
きつく抱きしめた体を 上掛けの上からどんなに強く摩っても体温は下がるばかりだ

悠久の時を渡る仙人は輪廻が無い 二度と生まれ変わる事無く
その寿命を全うしたなら 静かに風に運ばれ 只 消えて無くなってしまう

せっかく心の底から大切に思う存在に巡り合えたのに
愛しくて愛しくて堪らないこの気持ちにやっと気付いたのに
離したくなくて きつく握りしめた指の間から
その水はどんどんと 漏れ滴って行ってしまうのだ


「啓太!啓太!!頼むから・・しっかりしてくれ!!」

もうどんな目で見られても どんな言葉で謗られても
もう二度と会う事が出来なくても 今はそんな事はどうでもいい
啓太が助かってくれさえすれば それでいい
生きていてさえくれれば 何だっていい

和希は泣きながら 啓太に治癒を施し続けた


・・・和希が泣いてる・・・
・・・・・・・・・凄く悲しそうだ・・・・・

ねえ・・・和希・・・俺に出来る事ある?・・・
どうしたら・・・また・・・優しく笑ってくれる?・・・・

俺・・・和希の笑った顔が好き・・・
・・・俺の事・・・優しく見つめる海の色の瞳が好き・・・・

・・・・・和希が大好き・・・・・
・・・大好き・・・




こぽり・・・・・

最後にたった一つだけ音を残して 啓太の命の泉はとうとう湧き出る事を止めた
ゆっくりと力の無くなった啓太の手が 
そっと草の上に滑る様に落ちて行くのが 和希の目の端に映った

「い・・やだ・・・啓太・・逝くな・・・」

俺を置いて・・逝くな―――――――――――――――!!!!!!!
啓太をきつく胸に抱いた和希が 声にならない咆哮を挙げた途端
目に見えない衝撃波が 丘一面を覆う草全てを跡形もなく薙ぎ払っていった

突風が豊かに咲いた藤の花全てを攫い 黄金色の花びらたちが
濃紺の夜空へと光の柱になり 一直線に伸びて行く

いつしか啓太を抱えたままゆらりと立ち上がったの和希の身体が 
淡い光を纏いだし 脈打つ心音の様に目に見えない強大な力によって 
丘全体の空間が 無理やり捻じり曲げられていった
 
「大地よ・・・もてる力全てを捧げよ・・・」

それは ほんの小さく囁かれた言葉

だがその言葉を合図にしたかのように 捻じり曲げられ続けた空間は
和希を中心に尚も歪み 激しく伸縮を繰り返し一点に力と光が集まり続けた

哀れ 丘の辺りの木々の皮は千々に弾け飛び 樹液を滴らせながら次々に
見えない力に軽々と握りつぶされて行き
啓太の為に ようやく花を咲かせ水分を取り戻した
しなやかなあの藤の古木の幹からも ダラダラと血の様に樹液が漏れ滴ってきていた

やがてそれは限界を超え 一瞬だけ目も眩むような光を放った後
地響きをさせ 空間の歪曲は弾けるように霧散していった




どれ程の時間が経ったのだろうか
いつしか東の空が薄紫色に明るくなり もう朝がそこまで近づいてきたようだ
不思議な事に 丘の上は何事もなかったように
風をはらんで ざわざわと長い草が揺れている
強大な力で蹂躙された木々達も 元のように蒼く茂らせた葉に朝露を湛えて 
今はひっそりとそこに佇んでいるのだ
ただ あの藤の古木にはもう花房は一つも見る事は叶わなかったけれど




・・・かさり・・・・

濡れた草を静かにかき分けて 石塚が背後に静かに膝を折った
和希は手元に視線を落したまま 振り返りもせずにその忠臣へ言葉を呟いだ

「ねえ・・石塚・・」

「はい」

「私に天帝位をくれないか・・・」

臣下の閉じていた瞳が一瞬驚いたように大きく見開かれたが 
やがてすぐに恭しく頭が下げられ 
迷うことなく明朗な声で その確たる意思が主へ伝えられた

「御意」

その場から滲む様に消えてしまった石塚の口端は 上向きに小さく弧を描いていた


丘の上 藤の古木の根元の草の上に佇んだまま 
和希の明るい髪は強い風に煽られてさらさらと揺れている
その深い海色の瞳は凪いでいて 優しく静かに腕の中の愛しい人に向けられたままだ

「ああ・・・啓太・・俺の啓太・・・・・
ずっと ずうっと俺と一緒だよ・・・俺をおいてどこにも行かせはしないよ・・・」

・・ねえ・・啓太・・愛してる・・・愛しているんだ
いつまでもいつまでも和希は 腕の中の啓太に優しく愛を囁き続けるのだった





老齢だが壮健であった今上天帝が原因不明の病にかかり 
ついには半狂乱になって 醜くもがき苦しみ 
あっけ無くその命の泉が尽き果ててしまった後 
いくら稀覯の力を持つ者だからと言って 未だ年若い和希が天帝位を継ぐ事に
異論を唱える輩が全くいなかった訳は無い

しかし そのころ仙界では前天帝がかかった病が 『ごく少数の貴族の間』で流行り
その治癒を若宮である和希御自ら率先し その能力を余すことなく施して
事態を鎮静化してしまった頃には 誰もがその見事な手腕に心酔してしまっていた

前天帝が跡継ぎを和希一人に決定していた事と 
名だたる長老たちの絶大なる支持を得ていた事、そのうえ見せつけられた賢君の証

『ごく少数の貴族』
それが 和希の天帝即位に異論を唱えた者ばかりだったと言う事に
気づく者は現れる事無く ついに和希は天帝の煌びやかな玉座に登ったのだった


やがて前天帝の喪が明け 数日間にも及ぶ仰々しい即位の儀式が終わり
天帝に即位してからの初めての仕事として 和希は今 
秘密裏に仙界の最奥にある 何重にも結界が施されたあの里へ訪れていた

予めなんの下知も無く たった一人ばかりの臣下を連れて 
ふらりとやってきた即位したばかりの若き天帝に 村中が慌てふためいた

永遠に続く呪縛がまた 新しい天帝へと受け継がれた絶望を知らしめに
来たとばかり思っていた住民たちが目にしたものは
何千年もの間 自分達一族を縛り付けていた強力な結界をいとも簡単に解き
長い間本当に申し訳なかった・・・と
地面に頭を擦りつける様にして土下座する 今上天帝 鈴菱和希の姿だったのだ



遠くに 近くに 揺れてさざめく 美しき藤の花房
霞の様なその風景の中 たった一人
きっと幼い啓太が見上げたであろう 巨大な黄金色の藤の幹の根元に
背を持たせ掛けながら ため息を一つ吐きだして
和希はゆっくりとその深い海色の瞳を閉じた

全ての戒めを解かれ 今はもう誰も居なくなってしまった啓太の故郷
藤の花籠はようやく 和希の手でその呪われた役目を終わらせた




啓太・・・・・啓太・・・・
・・・・・・俺の啓太

永遠の呪縛から 死によって逃れられる筈だったのに
風にのって消えて無くなり やっとこの世界を自由に飛び回れるはずだったのに

また 自由を奪われ閉じ込められたと
俺の事を恨んでいるだろうか 呪っているだろうか

でも
どんな言葉でもいい その声が聞きたい
蔑みの一瞥でもいい またその空色の瞳が開かれるのが見たい

判っている
判っているのだ
あれは愚かなおこないだ

決して犯してはならない 
死者への冒涜だ

でも
離れられない 離してやれない 
これは永遠に続く茨の様な後悔と 狂気の恋情の螺旋


あの丘の上の古木が咲けば その道は開かれる
あの日 
啓太の為にその花を咲かせた藤の古木は 啓太を守る番人となった
藤の花が豊かに咲き誇ったなら 閉じられた空間は開かれる

藤の花の番人の許しを乞うてから 愛しい啓太に会う事が叶うのだ
それは 自分への酷く陳腐な戒めだった


和希以外何人も入る事の叶わない 
硬く閉じられたその空間の ほの暗い静かな道 
遠く見えて近い 近く見えて遠い 歪曲した時間の流れるその奥の奥
藤の蔦で編みあげられた花籠の台の中
白く柔らかな絹の敷物が 何重にも敷き詰められたその上に啓太はいる

咳き込みながら苦しそうに歪められていた顔は 今はもう とても優しく穏やかで
あの時硬く色の無くなってしまった頬は ふわりと桃色に上気さえしている

啓太の花びらの様に可憐で瑞々しい唇は ほんの少しだけ開かれて
微笑んでいる様にも 愛しい人の口づけを待っているようにも見えた

だがその晴れ渡った空の様な色の瞳は 
もう目の前に跪く和希を映すことなく そっと閉じられたままだ


啓太の身は風に運ばれ消える事無く 和希が作った棺の中へ閉じ込められたのだ
眩しい太陽に透ける 明るい柔らかな啓太の髪の色
透けるような蜜色の 優しい優しい人肌伝わる琥珀の中に
時を止められ未来永劫 変わらぬ姿のまま閉じ込められたのだ 

そして啓太は そっと和希だけに微笑み続けるのだ














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